◆重油回収ボランティアの胸の内
   出会い、発見・・・青年たち、協力の輪実感

(4月9日)                  戻る

◆重油回収ボランティアの胸の内
   出会い、発見・・・青年たち、協力の輪実感


 ロシア船籍タンカー事故で福井県沿岸に漂着した重油の回収作業に参加したボランティアは9万人です。このなかで「海が汚されるのはいや」「何かしなければ」などとボランティア参加の動機を語る青年たち。その胸のうちを、約4万人のボランティアが訪れた三国町で聞きました。
 「重油のニュースを見て泣きそうになった。富山の友人がボランティアにいったことをきいてたから、早くきたかった」。三月末、三国サンセットビーチで東京の女子学生(2年)はこう語ってくれました。
 友人と車で朝4時に愛知県を出てきたという青年は「自分探し」。砂浜で小さな油塊を拾いながら美容師見習いの男性(21)は「日ごろの自分は、こっちの方がいいとわかっていても周りを気にしたりしてできないことがあった。そんな自分をふっきりたくて・・」。茶髪の男性で専門学校生(19)は「わからんことが多いし自分を探している途中。できることが何なのか、この作業のなかで感じられたらと思って」と言葉を選ぶように話してくれました。
 照れたり、キッパリいう人もいました。夜行バスを乗り継いで2日がかりできたという盛岡の女子学生(19)は「環境間題を学んでいるし何か役に立てたらと思ってきた。自己満足もあるけど作業していて楽しい」。
 またスキューバダイビングの資格取得中という就職前の女予学生は「海が好き。最初、安島地区の真っ黒い岩を見てショックだった。人間だけの海でないし海を汚したくなかった」。公務員でボランティア休暇をとってきたという静岡の若月理抄さん(25)は「阪神の震災のと
さも神戸に9日間いき、今回もなぜかそういう気にさせられた。家にいれば普通の生活があるけど、時間があるなら何かしてあげたいと思った」とのべていました。
 ボランティア本部スタッフのうち東京の清水史美さん(18)は「三国へきて1カ月ほど。
受験後の時間を有効に使いたかった。ナホトカがあったし地元の人の話も聞きながら作業できたらと思って」。東京で10年。勤めた仕事を2月にやめたという白沢智志さん。(18)は、「野宿してでも何かをして長期にいられればという思いでやってきたが、地元の漁師が海にも出られないことを知って見方が変わった」と約40日間を振り返ります。
 また2月初めにきたという愛知の野口雅徳さん(18)は「当時プー太郎だった。仕事してなかったし、なんとなく三国へきてしまった」とのべながらも、現場監督の仕事をこなしていました。
 こうした思いはどう実っていったのか。3月末の三国ボランティア本部解散式で同本部の山本康史さん(23)は「自分でできることはちっぽけだが、海をきれいにすることをとおし協力することの大切さを感じた」とあいさつしました。


●現地事務所の役割はたした

 日本共産党も参加する民主団体等重油災害対策県連絡会議・三国現地事務所の田中康博事務局長(38)は「事務所で、対応した県外からのホランティアはのべ500人です。国の事故対応の遅れにたいし、多くのボランティアが来ていただき海はかなりきれいになりました。支援の物資も地元漁協などに届け、国、町などに要望活動もするなど住民要求に一定こたえられた。今後の町の回復につなげたい」と事務所が果たした役割を語っています。