2001年6月〜8月まではこのページ

・第47回日本母親大会に参加しました。(8/25.26)

 「生命を生みだす母親は 生命を育て 生命を守ることをのぞみます」を合い言葉に毎年開催される母親大会が、ことしは隣の滋賀県で開催されました。
 二日間で、のべ
21,600人のお母さんが全国から集まり、子どもの問題、教育の問題をはじめ、暮らし、権利、平和、男女平等、平和などなど・・・54の分科会に別れ、学習・交流を深めました。

 分科会「男女共同参画基本計画・条例に私たちの要求を」・・・25日
 福井県では、2002年の早期に「男女共同参画基本条例」を策定する計画ですが、福井の女性の声が生かされた条例にするため、超党派でつくる「福井県女性議員の会」でも学習を進めています。その参考にと思い、この分科会に参加しました。
 助言者はハストリークリエイツゲストの米田佐代子さん、前吹田市女性政策課長の氷室美耶子さんです。
 米田さんは「条例づくりの運動の中で、二つの面で考えなくてはならない。一つは、住民参加で進めること。二つ目は、国民に痛みを押しつける構造改革、新しい歴史教科書の問題、靖国神社の公式参拝など問題のある小泉内閣の元で進められることを認識し、男女共同参画を進める裏で何をしようとしているのかよく見極め、運動を進めなければならない」と助言。
 住友生命ミセス差別裁判の原告の方は、「男女共同参画基本法ができ世界から評価されているが、基本法には企業責任を明記していないため、女性差別の裁判では何の役にも立たない」と話をされました。
 参加者みんなで「男女平等参画問題の学習を積み重ねよう」「条例・計画づくり推進のためにネットワークを広げよう」「策定にあっては、調査・公開・委員の公募など住民の意見を反映させよう」と今後の方針を決めて終わりました。

 記念講演は井上ひさしさん・・・26日
 二日目の全体会では「憲法が生きる21世紀を 愛・平和」と題して、作家の井上ひさしさんの講演がありました。
 「20世紀は、人権が認められるようになったり医療が進歩したりいい面もあるが、戦争の世紀でもあった。50年間で埋められた地雷の撤去に1000年かかる。そのほか、有害物質をつくりだし、核兵器をつくり、原発をつくり・・・、次の世代へつけをまわしている」などなど。するどい指摘だなぁと思いました。
 少しでもそのつけを少なくするために、核兵器廃絶、産廃、原発などなど、今の時代できる限りのことをしなくては!と、決意を新たにしました。
 

・2001・日中友好文化交流
  9・18「満州事変」70周年記念展に行きました。(8/11)

 8月11日、プラザ萬象にて「満州事変70周年記念展」がありました。
 中国長春偽満皇宮博物院の協力で「溥儀の日記」「皇后が使用した阿片吸喫喉具」そのほか溥儀や皇后の服等々展示されていました。
 そほのか、日本軍が中国でやった暴挙の数々(中国人に対しての刀の試し切りや女性への暴行、大量虐殺)の写真集を見て、侵略戦争を美化するつくる会の「歴史教科書」に対して「真実を伝えなければ!」とますます怒りを覚えました。

・原水爆禁止2001年世界大会に参加。(8/7〜9)

 8月7日から9日までの3日間、長崎市において原水爆禁止2001年世界大会が開催されました。
 21世紀初めての世界大会の開会総会(7日)には、核廃絶をめざす各国代表(アメリカ、ロシアなど20カ国)も迎えて全国から6,500人が参加。
 「国際的な共同をひろげ、核兵器廃絶の巨大な流れをつくろう、そしてアメリカいいなりの日本政府の核政策をうち破ろう」と熱気につつまれました。

 分科会「被爆者と連帯し、核兵器のない世界を」に参加しました。・・・8日
 分科会では「被爆者医療の現状」について長崎県民医連の方からお話をお聞きしたあと、全国、また各国の被爆者の被爆体験、核兵器廃絶に向けての取り組みの報告がありました。
 千葉県の男性は、「被爆者の救助で、手を引いてあげると手の皮がずるっとむけたその感触がいまだに忘れられない。被爆者はさまざまな差別をうけるので、被爆体験を語れなかったが、三年前からようやく話せるようになり、原爆の恐ろしさを根づかせることが大切、と今は「おしかけ語りべ運動」をやっている」「99歳まで生きて語っていきます!」とあつく語られました。
 また「被曝二世・三世の会」を結成した若い女性は、「二世・三世の医療費補助を求め行政に働きかけていきたい、語りべを引き継いでがんばりたい!」と報告。
 全国のさまざまな運動の報告をお聞きし、私も敦賀で何か行動を起こさなければ・・・!と、強く感じました。

 
「核兵器をなくそう 女性のつどい2001」に参加しました。
 8日の夜は、「女性のつどい」に参加。
 全国の女性ならではの取り組みのほか、ロシアやカザフスタンなどの被爆者からは、ソ連やアメリカの核実験による被爆体験、たくさんの奇形児が産まれたり、白血病で亡くなる方が多いなど悲惨な話しをお聞きしました。
 広島、長崎の原爆で日本だけが被爆したのではない、核兵器が存在しつづける限り核実験などによる被爆者が増えているということに怒りを感じると同時に、子どもたちの未来のために絶対に核兵器をなくさなければ!と強く感じました。

「未来に生きる子ら」の像の前で(写真をクリック!)

 3日目の閉会総会には6,300人が参加。
 原爆が投下された午前11時2分、全員で黙祷をささげ総会が始まりました。
 チェルノブイリ原発事故で被曝した歌手ナターシャ・グジーさんは「いつも誰が死んだという話になる。私の先生も、日本に来る前に伴奏してくれた先生も死んでしまいました。どれだけの人が、子どもたちが死ねば、人間は賢くなるのでしょう」という訴えのあとの心にしみる歌声に涙が止まりませんでした。
 そのほか、全国の運動のこんごの決意や高校生は「若いエネルギーを結集してがんばりたい」と決意をのべるなど熱気につつまれ、「反核・平和運動の新たなうねりを草の根から」との決議文を採択して終わりました。
 3日間参加して、日頃の学習や運動の大切さを痛切に感じました。核兵器による被害者をこれ以上つくらないため、敦賀でも、世界と連帯し共にがんばりたいと思います。

・自治体学校で勉強してきました。(8/3〜5)

 第43回自治体学校が神奈川で開催され、参加してきました。
 自治体労働者や地方議員、民間団体等々全国から1,584人の参加があり熱気ムンムン!

  記念シンポジウム「競争社会をのりこえる地域・自治体づくり」・・・3日
 記念シンポジウムでは、政府は、交付税・補助金等の削減のため国に依存しない自治体づくりを促し、それにたえられる自治体にするため市町村合併を強制的に進めようとしている・・・などなど、その現況など学びました。
 三木邦之真鶴町長が報告者として参加され、平成2年バブルの乱開発から水をまもるために「水の二条例」を制定、平成3年には「まちづくり条例」を策定したお話をされました。「自然と共に生き、身の丈にあった事業計画、予算配分、これこそが自立し、生き残る手だて」「はこものがなければやっていけます」とのこと。「職員が育ってくれたことが財産です」と語られたことが印象的でした。

  分科会「子どもたちを守り育てる地域づくり」シンポジウム・・・4日
 
分科会では、私立旭丘高校の生徒達が、学校がなくなる事態に直面し、先生といっしょになって「旭丘高校の教育を守る会」を結成。署名運動や議会の傍聴、請願行動に参加したり、建築士を講師に招いて校舎づくりの学習会、自分たちの理想の校舎デザインにも挑戦。「まちづくり調査隊」を結成し地域の商店街にも入っていきました。そして「まちづくり憲章」をつくりあげ宣言しました。
 中学校時代、不登校であった子どもたちが、自分を認めてくれる学校、先生に出会い、そして、学校を守る運動で地域の人たちと関わり、地域の人たちが「私たちの子どもたち」と見守ってくれていることを知り、「地域の人たちのために何かをしたい」と「市電構想」を提案するなど成長していった様子を、当時運動に参加された子どもたち(今は大学生)から語られ、大変感動しました。
 その他、国が行う健全育成事業から学童保育を守る運動、川崎市子どもの権利に関する条例の取り組みなどお聞きしました。

  中規模教室「教育改革と子どもの学びと暮らし」・・・5日
 最終日の学習会は、太田政男(大東文化大学)講師による教育改革についての教室に参加しました。
 教育改革国民会議が進めようとしている教育改革は、自由競争と市場原理を教育に持ち込んだ弱肉強食の世界観を子どもたちに植えつけるものです。
 今の課題として、子どもたちにとって安心と自由の居場所となるような学校づくり、父母住民の学校参加、学校外での生活と学習、それらの土台である地域そのものの創造(産業、生活、人間関係づくり、まちづくり)など、たいへん学ばされました。

 その他、介護保険運動交流会に参加するなど、ハードな3日間でしたが、たいへん勉強になりました。枕が変わるとなかなか寝付けず、寝不足になりましたが、行って良かったです。

・臨時議会が開催されました。(7/31)

 臨時議会が開催されました。
 内容は、松原小学校の耐震補強工事の契約について、また、最大会派から脱会した議員が新会派アクティブ21を結成した事による委員会の編成、議会の席替えなどについて報告がありました。

・99会で視察・勉強会をしました。(7/11)

 99会(1999年に敦賀市議選で初当選した超党派の会)で、視察・勉強会を行いました。

 福井県立嶺南東養護学校の視察
 嶺南東養護学校には敦賀からたくさんの生徒が通学していますが(82人中67人)、スクールバスは、車椅子で乗車できるのがたった二人分。たいへん苦労されているようです。
 リフト付きのバスが、もう一台あれば・・・とのこと。会派を越えて、県へお願いしようと話し合いました。
 それにしても、ハンディをもっている子どもたちのなんと一生懸命なことか。先生方も大変明るく、驚きました。

 敦賀CAPの学習会
 敦賀CAPの方に来ていただき、子どもたちの身の守り方「子どもへの暴力防止プログラム」について学習させていただきました。
 CAPとは、Child Assault Prevention=子どもへの暴力防止プログラムのことです。アメリカでは、低学年で必ずCAPについて勉強するとのこと。敦賀でも、ぜひ学校で、子どもたちに学ばせてあげたいと思いました。

・福井県女性議員の会で学習会をしました。(7/10)

 福井県の超党派で作る女性議員の会で、福井県の男女参画推進室室長の多田さんをお呼びし、女性政策の現状と課題等々について学びました。

・木の芽川の水質調査と「行政代執行と敦賀のゴミ問題を考える集会」に参加しました。(7/4)

 木原敏先生(元大阪工大講師)が、木の芽川の水質調査に来られ、私もお手伝いをしました。
 私は、アンモニアを調べましたが、産業廃棄物処分場の下の護岸から流れ出している水は、もともと黄色い水のうえアンモニアが多すぎて、判定不可能となりました。
 この日、同時に木の芽川の魚の生態を調査するため投網で川魚の捕獲もしました。
 夜は、
「行政代執行と敦賀のゴミ問題を考える集会」(自然と環境を守る敦賀市民の会主催)があいあいプラザで行われ、立神さん(労働衛生コンサルタント)から、永平寺の産廃の行政代執行のお話、木原先生から、昼に調べた木の芽川の水の調査の結果と処分場の安全性についての県技術検討委員会の中間報告に対する検証などお聞きしました。
 なぜ、永平寺のように違法に持ち込まれたゴミを撤去できないのか。なぜ県がキンキを呼んで行っている聴聞会が非公開なのか。県と業者の癒着はないのか。みんなで大きく声を上げ、運動を更に大きくして、水を守るためゴミの撤去のためにがんばらなくては、と決意を新たにしました。

・平和行進に参加しました。(6/28)

 毎年、全国各地から、8月に原水爆禁止世界大会が行われる広島・長崎に向けて平和行進が行われています。
 ことしは、6月27日に武生から夕方には敦賀入り。武生から引き継いで、敦賀のみなさんが、北小学校から勤労福祉センターまで行進されました(私は、議会が終わったのが遅かったので参加できませんでした)。
 私は、28日、勤労福祉センターから桜ヶ丘まで行進に参加しました。
 ふだん歩かないので、私にはずいぶんハードでしたが、中学校、高校と長崎県で育ち、そこで原爆のおそろしさを学んだ私は「平和のために少しでも何かをしたい!富山から広島までのこのコースを1人でも多くの参加で成功させ、次につないでいきたい!」そんな思いでがんばって歩きました。
 先日、敦賀在住の被爆者が亡くなられました。その方を思い浮かべながら、「これ以上核兵器の被害者をつくらせない、核兵器を世界中からなくすために頑張ろう!」と思いを新たにしました。

・敦賀市議会六月定例会が開催されました。(6/15〜27)

 6月15日から27日まで、6月議会がありました。
 今回は、小泉内閣になって初めての議会。
 地方の政治は、少なからず国の政治の影響を受けます。
 小泉内閣の「不良債権の早期最終処理」でたくさんの倒産・失業者が生まれ、「痛みを感じる政治」で社会保障が切り捨てられ、ますます私たちの暮らしは大変になります。
 だからこそ、自治体として、国の政治から住民を守る立場で地方政治を行わなければならない!そんな思いで取り組みました。

・「新しい歴史教科書」を見てきました。(6/7)

 北小学校で、平成十四年度の「小・中学校の教科書」を展示しています。誰でも見ることができる、ということでさっそく見に行ってきました。
 今、問題になっている「新しい歴史教科書」だけでなく、公平な目で見てみようと、8社の中学校の歴史の教科書を読み比べてびっくり!
 扶桑社の教科書は「軍国主義的」と言われるとおり、侵略戦争の反省がないばかりか、日本を正当化する書き方、天皇の神話や天皇の「お人柄」まで記載されています。戦前の天皇制、軍国主義の時代の「大日本帝国憲法」をほめ、反対に、戦争の反省のうえにたってつくられた世界に誇れる「平和」の憲法「日本国憲法」をアメリカの押しつけで作られ日本にふさわしくないかのように書いてあり、時代が戦前に逆戻りしたような教科書でした。
 他の教科書のように史実を正しくかつ公平に書き、「いっしょに考えましょう」と子どもたちに呼びかけ、「世界の国々、世界の人々と連帯して平和をつくる日本にしよう」という考えは見られません。
 私にも中学生の娘がいます。子どもたちは、教科書を正しいと信じ、テスト前には一字一句覚えようと必死で勉強します。もし、この教科書が中学校で使われ、偏った考え方が「教育」現場で押しつけられるかと思うと、たいへん恐ろしい思いがします。
 なぜこのような教科書が出てきたのか。アメリカの戦争に協力する新ガイドラインが国会で通り、「日の丸」が国旗、「君が代」が国歌になり、「愛国心」をうえつけ侵略戦争を正当化する教科書が登場する・・・戦争の足音が聞こえてきます。
 ぜひ、みなさんも北小学校で読み比べてください。7月5日まで展示してあります。
 子どもと教科書全国ネット21は
       http://www.ne.jp/asahi/kyokasho/net21/index.htm

・第33回福井県母親大会に参加しました。(6/3)

 福井市で開かれた「第33回福井県母親大会」に参加しました。
 記念講演は、スライドアンドミニトーク「どうすればいい?ゴミとダイオキシンそして環境ホルモン」で、講師はフォトジャーナリスト・岐阜大学助教授の中村悟郎さんでした。昨年、東京で開かれた新婦人の「ゴミ・環境問題」全国集会でも、講演をお聞きしたのですが、たいへんわかりやすいお話をされるので、今回も期待していました。
 ベトナム戦争のときアメリカ軍が枯れ葉剤をまき、ジャングルのような林が砂漠のようになった様子、べトちゃんドクちゃんをはじめたくさんの子どもたちが枯れ葉剤の入っていたダイオキシンで被害をうけた様子、環境ホルモンで冒され雌化した雄の魚たち、ドイツと比べ日本の政府は生産者責任を負わせようとしない問題など、中村さんが世界中飛びまわってとった写真をスライドで見せながらわかりやすく話されました。
敦賀の管理型最終処分場のやぶれたゴムシートも・・・。
 あらためて、環境問題について考えさせられた一日でした。 

・福井県女性議員の会の総会をしました。(6/2)

 福井県女性議員の会の総会をし、そのあと三井ゆりさんの記念講演「男女共同参画のイロハのイ」を開催しました。
 かつて男尊女卑であったノルウェーで、選挙をつうじて女性をあらゆる場所に参画させていった運動を学びました。
 日本でも、遅ればせながら男女共同参画社会基本法ができ、福井県でも来年には男女共同参画社会基本条例が作られるようです。
 この条例に私たちの願いを反映させようと、福井県女性議員の会で今年一年間、学習会を系統的に行うことを総会でも確認しました。
 ぜひ、これを機会に、福井県内の女性の声をお聞きして行きたいと思います。

・「乳幼児医療費を就学前まで国の制度で無料に!」もとめて全国いっせい行動に参加しました。(6/1)

 新日本婦人の会で、国際子どもデーの6月1日に全国いっせい親子パレードを行いました。福井県でも、朝10時から福井市の西武デパート前から県庁前まで子どもたちと風船を持ってパレードを行い、その後、県庁で知事宛の要望書を提出しました。