動燃事故と原子力開発
放棄された「自主・民主・公開」の三原則
41年間の政策の見直しこそ
一一中島篤之助元中央大教授にきく
(97年4月23日付け赤旗)
動力炉・核燃料開発事業団(動燃)の東海再処理工場アスファルト固化処理施設で起こった火災・爆発事故が、日本の原子力開発の根幹を大きくゆるがしています。中島篤之助・元中央大学教授(元日本学術会議会員)に、動燃事故と日本の原子力開発について聞きました。
動燃事故は、転換期を迎えている日本の原子力開発のあり方を問う象徴的なできごとだったといえるでしよう。
日本が原子力開発をはじめて41年。自主・民主・公開という世界に誇れる原子力平和利用三原則をもちながら、それとまったくかけはなれた開発の進め方がずっとやられてきた。核燃料リサイクルをうたい文句にして、未成熟技術の典型といえる再処理を「実証済み技術」だとして研究もやらないままどんどん進めてきた。その矛盾が「もんじゅ」や東海再処理工場の事故となってあらわれたと思います。
●当時の原子力委員長はアメリカからテレビでも買う感覚で
自主というのは、自前で開発するということです。それは核兵器国で開発された技術や、とくに軍事機密にかかわるノウハウなどは受け取らないということでした。ところが、いざ原子力開発がはじまると、それはすぐに投げ捨てられて、当時原子力大国だったイギリスから原子炉(黒鉛減速・炭酸ガス冷却炉、日本原子力発電の東海原発1号炉のこと)を導入しました。
当時の原子力委員長は日本テレビをつくった正力松太郎氏で、テレビでも買ってくるような感覚だったのかもしれません。その後、この分野での巻き返しをはかったアメリカが、軽水炉を濃縮ウランとセットにして売り込んできた時、プルーブン・リアクター(実証済み原子炉)だという宣伝文句にとびついて大量に導入してしまったのです。その結果、実証済みどころか、応力腐食割れをはじめとするさまざまなトラブルに悩まされる結果となったのは、よく知られていることです。
民主がどのような運命をたどったか。それは動燃の歴史に端的にあらわれています。77年に、再処理工場の試運転が開始されたとき、当時の動燃労組は現場の技術者の意見を集約して80カ所の施設改善要求を出したのですが、この意見をまったく無視したばかりか、かえって会社にさからう労組だとして変質させるため徹底的に弾圧して、ものいえぬ体制をつくりあげました。
●安全審査報告書にも空白が
公開は、軍事利用はしないという決意の表明であり、また、その保障でもありました。しかし、軽水炉は、もともと原子力潜水艦用に開発された原子炉です。再処理工場で採用されているピューレックス法という技術自体、もともと核兵器用のプルトニウムをとりだすことを目的に開発されたものです。
今日では、核物質防護や財産権保護などを名目に安全審査報告書にすら、たくさんの空白、すなわち非公開部分を認めるところまで形骸(がい)化が進んでいます。
67年の動燃発足にあたって、「自主開発」ということがずいぶんいわれましたが、私は、それはアメリカ追従の原子力開発の実態をおおいかくす「いちじくの葉」にすぎないと批判したんです。
再処理工場はフランスからの技術導入でしたし、高速増殖炉は、当時の電力会社の本音をいえば、21世紀にでもなれば、どこかの先進国が技術開発をしてくれるだろう、そうしたらその時導入しようということだったのです。新型転換炉が、いままた問題になっていますが、動燃が手がけたもののなかで失敗でなかった唯一の例といえるのですが、実証炉の建設はとりやめになっています。
いま動燃だけが悪者になっています。もちろん動燃は悪いけれども、その動燃をつくり、いまのような動燃に育て上げてきたのは科学技術庁であり、原子力委員会であり、原子力安全委員会です。動燃事故で問われているのは、これまでの41年間の自民党政治のもとでの原子力政策です。
●動燃解体だけではすまされない
動燃解体という議論がありますが、解体してそれですむという簡単なものではありません。核燃料リサイクルを柱とした従来の原子力政策に問題があるのですから、そこにメスを入れることこそ先決です。
いまこそ原子力三原則の原点にたちかえって原子力開発を考え直すべきだと思います。私は、将来のエネルギーを考えたとき、原子力をまったく抜きにできるとは思いません。そうであれば、より安全性が高く、経済性もある原子炉の開発を自主的に進めていく必要があります。そのためのアイデアはいくつもあるのに、これまで真剣に検討されたことはありませんでした。
いま、世界は核兵器廃絶の方向へ向かいつつあると思います。これは本当の意味で核エネルギーの平和利用の前提条件ができるだろうという展望を与えるものです。そうした観点からも、これまでアメリカの核兵器戦略のもとでゆがめられてきた日本の原子力開発の見直しが必要です。
原子力には、放射性廃棄物をどう処分するかという問題があります。これは、いままでの科学が取り扱ったことのない、超長期の安全をどう実証するかという困難な問題を含みます。しかし、最大の問題点は社会的受容の問題です。廃棄物の放射能が安全なレベルになるまでは非常に長い時間がかかります。信頼される政府の提案でなければ、社会的に受容ざれることはないということを強調しておきたいと思います。
もう一つ強調しておきたいのは、わが国で新エネルギーや再生可能エネルギーの開発と普及が遅れたのは、原子力を万能視したためだということです。これからの日本のエネルギーを考えるとき、太陽光発電や風力で、実際にどれぐらいまかなえるのか見極めておく必要があります。技術的進歩をはかるだけでなく、経済的手段や社会的なインセンティブ(誘因)が生まれるような政策を広範に実施する必要があるでしょう。重要なのは開発主体をどうするかで、私は地方自治体が主体的にとりくむことが政策的に追求されるべきだと思います。
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